2011年12月22日
「奈良・東大寺ミュージアムへ行こう!」を開催しました
奈良市にある東大寺の境内に寺宝を展示する施設、東大寺ミュージアムを含む東大寺総合文化センターが、10月にオープンしました。その東大寺について同寺の筒井寛昭上院院主から話を聞き、同ミュージアムを訪れるイベント「奈良・東大寺ミュージアムへ行こう!」(ウェーブ産経主催)が12月9日、同市内で開催されました。
会場は近鉄奈良駅から歩いてすぐのフランス料理店「ビストロ ル・クレール」。地下にあるので隠れ家のようですが、実は、地元で評判の人気店です。まるで南仏のような店内に約30人の会員が集まり、筒井院主から東大寺の建立などを学びました。
まず、なぜミュージアムが誕生したのかという説明から始まりました。もともとは古くなった収蔵庫を新しくしようと計画し、一般の人にも見てもらおうと、3年かけて完成したそうです。場所は東大寺学園の跡地で、地震に備えて、収蔵庫の一部とミュージアムは免震構造になっているそうです。
続いて、東大寺の建立という本題に入りました。境内の敷地面積は約10万坪という説明に、参加者から驚きの声があがりました。かつては3倍の約30万坪もあったというから、さらに驚きです。
現在の大仏殿は江戸時代に復興されたもので、約1300年前に創建された当時のものは正面の幅が約88メートル。現在の約57メートルよりも大きかったそうです。
奈良時代には、長屋王の変、藤原広嗣の乱、恵美押勝(藤原仲麻呂)の乱が続き、天然痘が流行しました。天然痘で亡くなった人は「公家から庶民まで数えることができないほど」とまで書かれたそうです。天候不順で飢饉(ききん)も続き、混乱の時代でもありました。
聖武天皇は、混乱の中で、人々を救うためには、人々が幸せになるためには、どうしたらいいのかと考え、全国各地に国分寺を建立。その延長として作られたのが、東大寺だと解説しました。
そして、「人々の幸せのために」という思いから作られた大仏についての説明もありました。座高が約15メートルもある大仏は、3年かけて、8段に分けて作られ、現在の山口県の銅が約500トンも使われたそうです。塗られた金は、現在の宮城県から運ばれたそうです。
また、平城京から平安京へ都が移る際、寺や神社は移さなかったため、京都にある寺は、すべて平安時代以降に作られたものと解説。それも内乱などで、そのまま残っているものは少なく、京都のまわりには平安時代のものが残っていますが、京都市内で平安時代のものを見いだすのは難しいそうです。
ところが、奈良には寺や神社が残されたため、飛鳥時代や奈良時代の文化がそのまま残されているそうです。平安時代よりも100年も前のものが残っているのは大切なことだと訴えました。
東大寺について知識を深めた後は、お待ちかねのランチタイム。この日のメニューはパルマ産の生ハムを使ったサラダ、黒毛和牛のほほ肉など。ほほ肉は赤ワインで3日間、煮込んだそうで、すーっとナイフが入るほど。とろけるようなやわらかさでした。
デザートはグレープフルーツを使ったプリン。グレープフルーツの皮を漬け込んだ牛乳を使っているそうで、さっぱりとした甘さに、皆さんも満足したようでした。
その後は、各自で開館記念の特別展「奈良時代の東大寺」を開催中の東大寺ミュージアムを鑑賞し、東大寺を参拝。古き良き奈良に触れることができたのではないでしょうか。
(2011年12月22日 17:43)
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