産経新聞ファンクラブ「ウェーブ産経」大阪事務局

歴史探訪ウオーク「壬生界隈から旧五条通りと江戸絵画展」を開催しました

20110928-01.jpg

 京都の古い街並や寺社などを訪ねながら、古都の風情にひたるウェーブ産経の歴史探訪ウオーク「壬生界隈から旧五条通りと江戸絵画展」が9月28日、京都市下京区一帯で行われました。会員約70人が参加し新選組の拠点として知られる壬生界隈をはじめ、旧五条通り、佛光寺などを歩いて巡り、最後は美術鑑賞までする盛りだくさんの内容で楽しみました。

 《新選組色に染まる》

 集合したのはJR山陰線(嵯峨野線)の丹波口駅。京都観光企画会社「らくたび」の森明子さんと安達千鶴子さんがガイドです。人数が多いので2つの班に分かれて出発しました。

 元は朱雀大路だという細い通りなどを抜け、たどり着いたのが「壬生寺」。新選組が境内を訓練場として使いました。「壬生狂言」(重要無形民俗文化財)でも知られ、狂言舞台の「大念仏堂」(重要文化財)こそ残りますが、昭和45年再建の「本堂」、平成元年建造のパゴダ風の「千体仏塔」などが並び、印象は新しい寺です。

 しかし、よく見ると近藤勇の銅像が鎮座。近所には新選組が屯所を置いた「旧八木邸」や「旧前川邸」、前身の浪士隊が京都入りした直後に集まった「新徳禅寺」などもあります。まさにここは新選組のメッカとも言える場所でした。

20110928-02.jpg

 《“昔の路地”発見》

 新選組菩提寺「光縁寺」を経て、佛光寺通を東進。平安遷都の際に長岡京から移転してきたという「天道神社」や、明治時代は薬店だった「秦家住宅」(市登録有形文化財)などを見ながら進むと、突然幅2メートル程の古びた石畳の路地が現れました。両側は古い木造の町家で車両は通行不可。タイムワープしたような雰囲気です。

 「東中筋通」という名前ですが、この筋を南下すると「天使突抜」という町名が現れます。これは16世紀後半、町を開発するため通りを造った時、「五條天神社」(天使社とも呼ばれる)の境内を突き抜けたことに由来するそうです。旧五条通である「松原通」に出ると、五條天神社が鎮座していました。

20110928-03.jpg

 《牛若丸と弁慶登場》

 「京の五条の橋の上…」の歌でおなじみの五条大橋は、現在の松原橋の位置にあったといいます。縁の松原通も、道路沿いに牛若丸(義経)と弁慶のイラストを描いた旗を立て、PRに努めていました。2人が出会ったという五条大橋ですが、実は五條天神社の境内で会ったのが初めてという説もあるそうです。

 松原通を東進すると「親鸞聖人御入滅之地」の石碑や、歌人・藤原俊成が、歌道の神とされる玉津島神社(和歌山市・和歌浦)の祭神を勧請したという「新玉津島神社」、因幡の国から飛んできたという薬師如来をまつる「平等寺」などがありました。

20110928-04.jpg

 《気分はピクニック》

 到着した浄土真宗佛光寺派の大本山「佛光寺」で昼食です。用意してくれたのは太秦名物「ロケ弁当」。故・藤田まことさんが好きで特注していたものと同じ内容とのことです。おかずは、塩サバ▽鳥の唐揚げ▽ウナギの蒲焼き▽ヒジキの煮物▽だし巻き▽ガンモドキやコンニャクの煮付け-などでした。

 佛光寺さんのご厚意で、境内を思い思いに使って弁当を広げました。立派な阿弥陀堂や大師堂(御影堂)などの軒先で舌鼓を打つと、遠足のような楽しい気分になりました。

 

20110928-05.jpg

《江戸の名画を鑑賞》

 昼食後は高倉通などを北上して京都文化博物館に到着しました。同美術館の別館は、レンガ造りの旧日本銀行京都支店。国の重要文化財で内部も銀行時代を忍ばせる堂々たる造りです。この別館の講義室で市川彰学芸員から、これから鑑賞する「ニューオーリンズ ギッター・コレクション展『帰ってきた江戸絵画』」(京都府、産経新聞社など主催)について説明を受けました。

 米・ニューオーリンズの高名な眼科医、ギッター博士と妻のイエレン女史が40年近くかけて集めた江戸絵画100点余りを紹介する展示会だそうです。俵屋宗達、伊藤若冲、酒井抱一らの禅画や水墨画、屏風絵などがあり、市川学芸員は「多くが江戸時代に京都で生み落とされた作品」などと紹介してくれました。

杜の囁きキャンペーンのバナー

ひなちゃんくらぶのバナー