産経新聞ファンクラブ「ウェーブ産経」大阪事務局

「道頓堀クルーズと落語」を開催しました

e20111009-01.jpg

 道頓堀川などでの船遊びをした後に落語まで楽しもうという、ウェーブ産経のイベント「道頓堀クルーズと落語」が10月9日、大阪市中央区の同川などで行われました。会員約80人が参加し、戎橋近辺を水上から眺めるなど、日常とは異なる視点から大阪の街を見学しました。

《大川から東横堀川へ》

 集合場所は京阪本線・天満橋駅前にある八軒家浜船着場。乗り込むのは一本松汽船の遊覧船「はたて」です。案内役は同汽船で10年近くガイドを務める阿部雅行さん。「ようこそ、いらっしゃいませ」。秋晴れの下、かけ声も元気よく出発しました。

 大川を少し下ると中之島があり、タイミング良く噴水が上がっていました。大川は中之島で区切られ北が堂島川、南が土佐堀川ですが、船は土佐堀川へ。天神橋をくぐって左折・南下し東横堀川へ入りました。

 堀川とは運河のこと。東横堀川は幅も狭く、すぐ上を阪神高速の環状線が通っています。規則正しく並ぶ巨大な支柱と覆い被さってくる道路桁。ドーム状の建造物の中を流されていくような、不思議な気分です。日差しは避けることができて快適。「低い橋には届きそうですが、ケガをするから手は伸ばさないで」などと注意を受けました。

 

e20111009-02.jpg

《東横堀川の閘門登場》

 高麗橋を過ぎると、水門があります。淀川や大川などとの水位差を調整し、船を行き来させるための閘門です。「パナマ運河と同じ仕組みで、船が入ると前後の門が閉まり、水を出し入れして水位を調整します」「大阪には毛馬閘門、道頓堀閘門もあります」などと説明を受けました。

 この日は水位にほとんど差がないようで水門はすぐ開きましたが、パナマ運河は同じ施設が3カ所あり、計27メートルの落差を船が上下するそうです。

e20111009-03.jpg

 東横堀川を進むと次々現れる橋。橋桁中央には橋名を書いたプレートがあります。水運が盛んだった頃、船から位置が分かるようにするためで、荷物は橋のたもとに降ろしていたそうです。「江戸時代は天神橋、天満橋など幕府がかけた公儀橋はわずかで他は民間が金を出して作った町人橋」「大阪の“食い倒れ”と言いますが、実は川の氾濫で町人橋がよく流されたことを“くい(杭)倒れ”と言ったというのが始まりとの説もあります」などと解説してくれました。

 

e20111009-04.jpg

《道頓堀川の“赤い灯 青い灯”》

 東横堀川の突き当たりを右折すると道頓堀川。高速道の屋根もなく開放的になりました。日本橋が見えます。交通量も多く、さすが幹線道に架かる橋。江戸時代はこの辺りに木賃宿が多かったそうですが、宿は旅人を把握・管理する役目もあるため、新設許可を取るのは大変だったとか。

 「ドン・キホーテ」の派手なビル、おなじみの「グリコ」や巨大ダコなどの看板が迫ってきました。夜は赤や青のネオンサインが輝き、より華やかでしょう。大阪らしさを代表する戎橋界隈。太左衛門橋船着場には運河巡りの船が次々発着しています。両岸の遊歩道にも多くの買い物客や観光客ら。手を振られ、会員の人たちも笑顔で応えます。見慣れた風景も水上からは違った趣に感じます。

e20111009-05.jpg

 ちなみにグリコの看板は昭和10(1935)年設置で現在5代目。背景には大阪城や大阪ドーム、通天閣などが描かれています。戎橋は今宮戎神社に行ける橋という意味で、橋の下には運河の橋で唯一照明用のライトがあるそうです。

《河畔の宿でお食事》

 道頓堀橋などをくぐり抜け、西横堀川跡を示す鉄の扉を見た後、川幅が広くなると湊町リバープレイス。岸辺にはおしゃれなカフェテラスなどもあります。そう言えば水は濁っているものの、どぶ臭さはありません。「一頃に比べれば水質は大変良くなり、昨年の調査ではアユもとれた」そうで水質浄化の努力が実っているようです。

e20111009-06.jpg

 水上ツアーの後、日本橋船着場まで戻って上陸。河畔の「大和屋本店」で特別御膳の昼食です。メニューは、フグの唐揚げ▽タイの焼き物▽サーモンとイカの刺身▽湯豆腐▽がんもどきやカボチャ、ヒジキの煮物▽玉子焼-などでした。

 食後は道頓堀通などをそぞろ歩きし、道頓堀ZAZA(中座くいだおれビル地下)へ。桂九雀さんの落語や、落語の人物を芝居仕立てで演じる「噺劇(はなしげき)」で大阪観光の気分を満喫しました。

杜の囁きキャンペーンのバナー

ひなちゃんくらぶのバナー