産経新聞ファンクラブ「ウェーブ産経」大阪事務局

「近代の『大阪古地図』を語る」

 

 明治~昭和初期の大阪の古地図を読み解く書籍「続・大阪古地図むかし案内」(創元社)を発刊した作家、本渡章さんを講師に迎えた、ウェーブ産経の文化サロン「近代の『大阪古地図』を語る」が7月4日、大阪市浪速区の産経新聞大阪本社で開かれました。会員約40人が参加し、古地図を見る楽しさを語る本渡さんの言葉に耳を傾けました。

 

 《シリーズ2冊目》
古地図4.jpg 本渡さんは産経新聞大阪府下版に「古地図は誘う」を連載。昨年出版した「大阪古地図むかし案内」は江戸時代までの古地図を“読み解く”手法で分析、話題を集めています。続編の今作は、明治から戦前までの地図も、絵画的手法を残すことなどから「近代の古地図」と位置づけ、テーマに取り上げたそうです。

 《実は方向音痴!?》
 「こんな本を書いたのに実は地図や歴史の専門家ではないし、なにより方向音痴」。衝撃(笑撃?)の告白で講演が始まりました。しかし「空間認識に欠けるから道に迷う。つまり知っているはずの風景でも、いつ見ても新鮮に見え(だから迷うが)、興味を持ってしまう。この感覚が古地図を見るとき助けになり、好奇心へとつながっていく」そうです。なんとなく納得させられました。

古地図5.jpg

 《古今対照大阪市街地図》
 印象に残った地図の話です。「古今…」は明治41(1908)年発行。博労町のブラシ雑貨貿易商が作らせたもので、千成びょうたんの形をした枠の中に「現今(当時)の大阪」地図が描かれ、周辺に「神宮皇后時代(古代)」「延喜時代(中世、約千年前)」の地図を配し、3時代を見比べるようになっています。

 「なぜ、こんなヘンテコな地図にしたのか。今回取り上げた中でも一番興味を引かれた」そうです。そして、このような地図になった要因を分析。「この地図が作られた時の5年前(1903年)に大阪で内国勧業博覧会が開かれ、日露戦争が終結して間もない時期。千成びょうたんは豊臣秀吉のシンボルで秀吉は大陸進出の先駆者であり、神宮皇后も古事記などでの三韓征伐で知られる。大陸進出を目指し戦時体制が強まる中、時代性が反映されたのだろう」と結論を導き「古地図は作った人に意識はなくともその心を写す。見破った時の快感は代え難い」と強調しました。

 《大阪遊覧案内地図》
古地図3.jpg 大正11(1922)年発行。鉄道網が広がり名所観光も盛んになった当時をうかがわせる地図です。この中で本渡さんが注目したのは、名所を表す赤丸印の中にあった「赤手拭(てぬぐい)」の文字でした。

 「場所は現在のJR難波駅の南西側。好奇心でいきなり現地へ行くと、そこは『稲荷町』で、『赤手拭稲荷』と書いた社があった。年配の人に聞くと、戦前まで町内全体が境内で大層な人出があったことが分かった」とのこと。「後で文献でも確認できたが、現場で“発見”すると手応えが違うし面白い」そうです。

 《まず年表を作る…》
古地図6.jpg 「現在の人の目で過去の地図を見ない」。これが著作上で一番心がけたこと。「出来る限り当時の空気を感じるため、まず年表づくりから始めた」そうで「年表を見れば例えば区の変更でも極めて目まぐるしく、風景も音を立てて変わっていったことが分かる。そういう目で古地図を見れば、当時の人の実感を感じることができるはず」と締めくくりました。
 

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