2010年4月28日
大阪城ミステリーツアー第2弾を開催しました
商都・大阪の象徴でもある大阪城。青く輝くような天守閣は美しく、大阪府民が誇れる歴史的建造物の一つです。そんな大阪城には数多くの謎があり、昨年11月に続き2回目となるミステリーツアーが4月27日行われ、約70人の会員が参加。講師の大阪城天守閣研究副主幹の北川央(ひろし)さんから、興味深い話の数々を今回も聞くとともに、城内を見て回りました。
この日は、雨模様で、降水確率が高く、肌寒い日でした。そのため、講演の後、昼食、城内案内とある予定を大幅に変更。午前中はまだ、雨が降っていなかったため、先に城内を見学することになりました。まずは、城中焼亡埋骨墳や蓮如上人袈裟懸けの松、石垣にある人の顔のような形をした不思議な鬼面石などを見て回り
ました。極楽橋から入った天守閣の入り口に近い場所でも北川さんが足を止めまとた。
そこには、墓石があり、豊臣秀頼と淀殿が慶長20年に自害したとされる場所です。駿府記のほか、本光国師日記など多数の文献は別の場所で自害したとあり、伊達政宗書状と井伊年譜はこの場所が最後の場所と明記しているとのことを北川さんが詳しく説明しました。近年、建てられたこの墓石。北川さんは「一度、墓を作ってしまうと確定してしまう。秀頼と淀殿が自害した場所は資料によってまちまち。私は反対したのに…。ここに墓は建てるべきではなかった」とお供えがある墓前で言いました。
天守閣前で記念写真を撮影したあと、KKRホテル大阪に戻り、ランチの「太閤弁当」です。タコの湯引き、葵地鶏山椒焼き、サツマイモの甘煮、アサリ汁、アナゴ小袖寿しなど。和食料理長の畑具和さんが「当時、あったであろう食材で造りました」と会員に説明。昼食に舌鼓を打ちました。
午後からは後になった講義です。北川さんは、豊臣秀頼について「摂津、河内、和泉の三国65万石の大名とされていますが、文献では京都から貴族が年始のあいさつら訪れたり、天皇が勅使を送ったり特別な存在だった」と語りました。講座が終わるころには、大粒の雨が降り出しました。午前に城内見学をしたことで、会員は雨にぬれることなく、ミステリーツアーを終えることができました。(岩)(2010年4月28日 16:09)
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